歴下亭の「オモシロイからナルホドまで」

古書店・歴下亭(Amazonマーケットプレイス)を営む「本の虫」のつぶやき。本・雑誌・音楽などなどのこと。

「オモシロイ」が足りない10月

◆なんだかんだと言いながら観続けていた「酔いどれ小籐次」も終わり、「孤独のグルメ」season3も終了。CSIの時間帯も面白くなく、各局のゴールデンタイムも人数集めてガヤガヤやってるだけのお粗末だらけ。新番組もタイトルとキャストを見ただけで即パス。残ったのが「キングダム」と「八重の桜」だけという寂しさ。TVに関してはなんという10月なのか!

◆こまかい所はいろいろ違えども、「居眠り磐音」と「酔いどれ小籐次」のシチュエーションの類似はなんなのだ。手抜きとしか思えないのだが…なんていいつつ観ているこっちの背中が寒い。「八重の桜」は会津が敗走した後の展開がオモシロイ。吉川晃司の西郷は歴代西郷役のトップかも。西島秀俊は「ダブルフェイス」しか観ていないが、記憶のはるかかなたに「あすなろ白書」が淀んでいる。

◆リビングでテレビに向かっている時間は猛スピードで減り続けて、誰もいない時間帯には女房が録画した歌舞伎か、自分で録画した古い映画(最近では「裏窓」「めまい」「コロンボ」の昔のやつなんか)を時々。

◆人が集まっているときもいないときも、TVの前のソファではウトウトしているか、いびきをかいて寝ていることが多々あり、「お父さん、ウルサイ」なんていわれると自室にこもり、u-tubeでperfumeなんかに熱中。なんとも「オモシロイ」不足の10月の始まりであります。

ウ~ン、この手があったか!「孤独のグルメ」避けて通れまへんな。

◆外食はいつも一人。酒は付き合いでしか、ほとんど飲まない。テレビは決まったものしか観ず、番組表などハナから無視。雑誌はというと「雑誌大好き」というブログを書いていながら小マメにチェックしてない。そんな怠惰かつ偏屈な生活のせいで『孤独のグルメ』の存在を3カ月前まで知らなかった。大いなる不覚である。だからといって反省や後悔はしないのだが(なんか態度わるいなあ)。

谷口ジローですよ、谷口ジロー夏目漱石石川啄木で魅せられ、犬や猫の話でホロリとし、狼に溜飲を下げたあの谷口ジロー。それなのに、ああそれなのに見逃していたとは…トホホ×2。ま、批評家でもねえし、すべてに気配りができるわけもないんでね、と言いつつ居直りきれないこのメメしさ。

◆食い物の情報には敏感だったつもりが(『DANCHU』『食楽』なんかかなりため込んでる)この数年、テレビのグルメ番組やバラエティの一部門と化した「食べ歩き」に辟易して遠ざかってしまった。このこと自体には別に悔いはないけど…。(だってアゴアシ+ギャラ付きのタレントの「めちゃくちゃウッメ~ッ!」「あ!ふわふわ~!」なんてコメント聞くの不愉快だし。それに食い物やってりゃソコソコ視聴率取れると高をくくってないかTV局も。ま、観るやつがいるから続くんでしょうが)。

◆欠かさず観ている「八重の桜」に出演し、最近ではCMにも顔を出している松重豊(ってこの間名前を知ったんだけど。そこがまたくやし~い)の独り言と食いっぷりのよさに注目だ。何よりもまず「静かさ」。ひとり飯の、聞かれる事を意識していないように作られている独白に、小気味良い食いっぷりが静かに進行する。キモはそこだろう。

◆しかし、ここまできてふと思った。「孤独のグルメ」という新企画を出す際に置かれた重心は、先ほど言ったお手軽&ワンパターン番組へのアンチテーゼじゃなかったのか。メジャー局が創り、多数が「アホラシ」とおもいつつだらだらと観てしまう要素を分析して、同じカテゴリーながら「まったく違うもの」を目指した結果だったのではないか。そんな気がしてきた。

◆ガキタレ→普通の社会人 複数出演ガヤガヤ→静かに一人飯 薀蓄をひけらかす→知ったかぶりを一切しない 何軒も一度に回る→仕事をして空腹のときに食べる、あくまで3食のひとつ 口に入れるまでカメラを意識した動きとオーバーなコメント→それを排除して僕らが普通に食べるように食べる。&コメントはせず独白も(アテレコ)控えめで即自的な感想を言う…等々並べていくとオモシロイ。

◆もちろんこれは僕の思いつきに過ぎないが、まんざら虚構でもなさそうな気もする。いずれにせよ明日の深夜も録画はmust。避けては通れない気がしている。

こういうのが一番オモシロイ:その2

◆チョイスしたレコードを5~6枚発送して約1週間が過ぎた。が、コルトレーン氏から何の連絡もなし。と、日曜の午後コンビニへ行って帰ってくると家人が「○○さんて知ってる?お菓子が届いてるんだけど、聞いたことない人だから間違いかと思って…」

◆クール宅急便の包装を解くと、ムースとかあれこれ生菓子が入っていてギフトカードには「○○さんの心遣いに感謝します」とのメッセージがあった。お菓子は瞬く間に胃の中に消えたが、我が家には滅多に来ることがない、ちょっとおしゃれな「贈り物」には、大人のセンスが感じられた。

◆数日してコルトレーン氏から電話。こちらからの第一声はお菓子の「お礼」だったが、向こうの第一声はレコードの「お礼」。その後の雑談はとても楽しいものだった。若いころ漠然とレコードを聴いていたが現在はプレイヤー等々は残っていない。が、サックスをやるようになり聴きたいと思う対象がハッキリしてきたこと。僕が贈ったレコードをきっかけにコンポが欲しくなったこと等々。

◆僕がコンポ購入へ、背中を押した…そんな話を聞きながら「残った数10枚のレコードはコルトレーン氏に全部進呈しよう」と決めていた。そしてその旨を告げ、あわせて無理なく外で会えるお互いのスケジュール調整、後日連絡をくれるというところで会話は終わった。今月中くらいにはなんとか会えて、レコードを渡せるかもしれない。

◆文章化が面倒な割には読んでみると大したことでなくなってしまうのだが、ネットオークションの出品者と落札者が、年齢の離れた(?)友人になるかもしれないのだから、うれしくないわけがない。続きはまた。

こういうのが一番オモシロイ

◆半月?いやひと月?ちょっとわからない。が、そのくらい前にヤフオクにあるものを出品した。ジョン・コルトレーンが来日した際に撮影された写真(モノクロ)のベタ焼き30カットぐらいとキャビネ版に拡大した7~8カット。ネガはなし。

◆開始は500円だったかな。それが最終的に3900円で落札された。ま、「やったね」というところだろう。所定の手続きを経て発送、一件落着のはずだったが数日後携帯に電話がかかってきた。こういうケースでの電話は10中8~9クレーム。過去の例からしてそう思った。

◆だが、今回は違った。落札者は<商品>を手にして感動していた。年齢は30代後半くらいか、男性。サックスをやっていて「コルトレーンの大ファン」だという。こんなに貴重なものが入手できたなんて信じられない、自分のお宝にします…そんな内容だった。「クレーム!?」が一転して「なんかイイ気分」に変わった。めったにあることではないが、実際にあった。

◆現在までに数回、客室の押入れに放置してあるレコード・キャビネットを「なんとかしろ」と要求され、そのたびに生返事ではぐらかしてきたという「苦渋の記憶」が前述の「なんかイイ気分」と結びつくまでにそんなに時間はかからなかった。数日後、家人の留守中に押入れの奥から件のキャビネットを引っ張り出す。

◆丹念にチョイスして「サックス関連」を5~6枚。コールマン・ホーキンズと「GIANTS OF SAXOPHONE」、オーネット・コールマンなどを抜き出し、梱包してコルトレーン宛に発送した。(落札者からの電話は、すぐに思い出せるように「コルトレーン」という名前で登録した。着想は悪くないのだが、本当の名前を忘れてしまったzzz)

◆◆続きは次回。

 

 

 

雑誌店*歴下亭(FC2ブログ)再開準備中

●「早く6月にならないかな~」なんてツブヤイていたら、早や猛暑の8月中旬。

ダラダラしているうちにも(てか…していると更に速く)確実に時間は・・・。

もちろん「キングダム」は欠かさず視聴している。内緒だけど立ち読みで、はるか先を進行しているコミックも毎週読み始めてしまった。(なんと節操がないヤツなんだ、オレは)

●この3カ月弱でやったことで、まとまった項目は何一つない。まさに「流されゆく日々」の様相。死んだ先輩の遺本のなかにあった一冊の文庫本『少女ヴィクトリア』(富士見ロマン文庫)に魅せられて「よし、このシリーズを全巻集めてみようじゃんか」とばかり始めたはいいが20冊を越えたあたりで立ち消え。興味をなくしたわけじゃないが、だんだんどうでもよくなってきている。下・左が『ガミアニ伯夫人』右が『少女ヴィクトリア』この2冊もそうだし、他の全冊が洋物のポルノグラフィー。ほとんど読んでいない。目当ては金子國義の装丁(挿画もたまにあり)。黒いカバーに描かれた絵がなんとも魅力的というワケなのだが、停滞気味でこれもまたまた中途半端。「涼しくなったら」なんて言い訳はしたくないけど…。

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●手持ちの古いモノを何とか整理しようと、ヤフオクに出品してはいるんだが、なんか面倒で。7月からの成績は7戦3勝と完全に負け越し。

 

●で、タイトルの<雑誌店・歴下亭>なんだけど、検索で偶然ひっかかった4~5年前のFC2ブログ、読み直してみたらけっこうオモシロイ。「へぇ~、いいじゃないの」とばかり再開を目論んだ次第。と、と、ところが過去の自分のブログにログインできない。やっとの思いでPWなんかを再設定して「それっ」とばかり入ってみたら様相が違う。

●ぐだぐだ言うのも面倒。とにかく手を尽くして再開への努力を鋭意トライ真っ最中。「雑誌関連」はネタにも事欠かないし、システムが上手く整えばオモシロイ+ナルホドが形になるかも。ま、乏しい知識を駆使してがんばってみます。

 

 

 

アニメ「キングダム」第2シリーズ6月から開始!!!!

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第1シリーズの放映開始から1年ぶりってことか、もうそんなになるんだ。ま、それはともかく大歓迎、ウレシイ限りです。冒頭のばかデカイ画像は最初の放映を告知する朝日新聞の前面広告。でかすぎてスキャナーに入らない。連結もかったるいので一部分だけ、でかく乗っけて見た。

なんせ毎回観ている番組が極端に少なく、サビシイところでした(ちなみに毎回観ているのはCSIシリーズ、八重の桜、相棒の3つだけ)。でも週1で30分というのも物足りない気がするけど…。

アニメの放映が始まってからというもの、雑誌連載も単行本も手にしていない。気がかりなんだけど、映画を観てノベライズを読んだり、その逆なんかで必ずある「なんか別もんだな」の感じがイヤで。もっとも映画観たら、そのノベライズなんてほとんど見向きもしない。が、その逆はたまにある。最近ではマイクル・コナリー『わが心臓の痛み』。これは映画もまあまあ良かったが。失望することのほうが断然多いからね。

いずれ大人買いで全巻通して、とは思ってるんだけども、その日はいつやってくるのかこないのか。何はともあれ6月がやってきて、放映日になるのを心待ちにしよう。

最初の数回は、アニメのなかの人間の動きなんかがぎこちなく感じられた。このあたりに慣れて気にならなくなると、だんだん筋の流れに没頭できる。ストーリーやキャラクターは問題なく「良く書き込まれている」(北方謙三評)から、違和感が消えるとオモシロさだけが残る寸法だ。

6月になるまであと20日あまり。こういうのがあるとなんか、ウレシイ。

 

内田 樹「壊れゆく日本という国」

新聞はほとんど読まない。書籍広告と書籍関連記事が載っていたら、精読するが、なければペラペラめくっておしまい。ものの5分とかからないだろう。あとはテレビ番組表くらいか。たったそれだけのために1年間まとめて契約している。(が、もう一人、折り込み広告も入れて、たっぷり30分はかけて読みふけるのが家にいるからコスパOKか?)

でもたまに、ほんの月いちくらいの頻度で「新聞取っていて良かったかな」と感じる記事に出会う。今朝の(5月8日)17面、「オピニオン 壊れゆく日本という国=内田樹・寄稿」のような記事がそれだ。

内田樹はけっこう好きで、7冊ぐらい読んでいる。『日本辺境論』『こんな日本でよかったね』『下流志向』『疲れすぎて眠れぬ夜のために』等々どれもオモシロかった。論理展開やレトリックが独特・スリリング(!)で、しかも難解な事柄や書物を「要するにこういうことだ」と教示してくれる。とはいえ僕の浅い知識では理解不能な部分も多々ある。が、その辺はスルー。異色の辛口論客と位置づけている。

記事の内容を紹介するのが主旨ではないので、大きな見出しだけピックアップする。

<「企業利益は国の利益」国民に犠牲を迫る詭弁 政府与党が後押し><国民国家の末期を官僚もメディアもうれしげに見ている>の2本。

独自の視座から「流れを一望する」「大掴みに重点課題を要約する」。うまく表現できないが、それらをユニークな言葉の展開(僕にはそう感じられるし、オモシロイと評価するキモだ)で楽しませてくれ、学ばせてくれる。ナルホド・オモシロイ。

過去にも同紙に掲載された池澤夏樹原発関連、選挙関連の寄稿などオモシロくてナルホドな記事に出会い、当ブログで紹介しようと切り抜いてあるのだが機を逸してしまった。付け足しで失礼なのだが一応触れておきたい。

それにしても、「オモシロイ」と感じる記事がほとんど「寄稿」なのは、僕側の問題なのかそれとも…。